神仏根本道場 宗教法人 慈光院
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●霧島満山護法善神様に対する感謝
慈光院は先代 法源法師より長い間、霧島の山で幾多の修行を経てその行果として「神仏根本道場 慈光院」があります。
「役行者」様が大峯で厳しい「行」をされ、その中で「蔵王権現様」が出現され今の吉野の「蔵王堂」となっているように、慈光院も「霧島満山護法善神様」の「御感得」、認めてただいてここにあります。
先代が「修行」に入り、その行果と志を引き継ぎ、慈光法師は幼少より「神仏」に対しての「真心」を持ち続け、そして「無」で行じる「千日行」へと。
高千穂の峰のすぐ下にある「ほら穴」に身を置き、三年半程の厳しい行を達成したのでした。
私、妙光は、わが身に迫りつつある悪因縁、また、世の苦しみの原因の解決の道を求めて。二人ともただひたすら霧島を歩き続けたのでした。

修行
きりしまの山 五百数十年の
巨大スギの下
清き霊風を頂き 歩く
オーイ 大木よ
貴方の下を幾多の行者が
歩いたことか
わたしも歩いたでしょう
苦しくて 悲しくて わからずに
先駆者の宝の上を
求め歩き続けた日々を
あなたは黙って
ジーっと見ていたでしょう
今 あなたの下を歩く
たくさんの感謝をこめて
たのしく うれしく
口ずさみながら
わたしがあなたの下を
歩き得たものを
たからの路があることを
葉を 枝を 幹をゆらし
次世につたえて
オーイ 巨大スギよ!

そして行果として「神・仏」より「偉大な法」を授かり「慈光院」はあるのですが、その存在が世に知られていないのが現実です。

●法人化当時「オウム真理教」の事件もあり、認可を頂くのに八年位かかり、なかなか難しいものでした。偉大な「神仏」が降臨くださる本堂建設などを経て、慈光院も少し落ち着いてきましたので、2010年頃「千日行」を快く受け入れていただいた「霧島満山護法善神様」「山神様」への感謝。どこの誰とも分からない「行者 慈光法師」を快く受け入れてくださり暖かい目で見守っていただいた高千穂河原の方々への感謝もあり、こちらの気持ちを伝えたところ、
「来年もきれいな花が咲くように枯れ枝を折ってほしい」とのことでした。
中岳に登る途中の台地の「キリシマツツジ」の枯れ枝を折りに、ススキが白く太陽に輝く冬の風を感じる頃十人位で何日か通いました。
他のボランティアの方々もみえていた日もあり
「きっと来年もきれいな花が咲くだろう」と楽しみにやらせていただきました。
ところが、年が明けて二月に新燃岳が噴火したのです。
当分山には行けなくなったのですが、その間、今まで縁のなかった山など登らせていただき違う景色など楽しませてもらいました。
そのうち部分的に規制が解除されていき、高千穂の峰や韓国岳など登らせていただけるようになったのですが、つつじヶ原には足を向けることはありませんでした。
今年2023年春、主人と二人で久し振りに「つつじ」を見に出かけたのでした。
中岳の登山口まで行ってみましたが、歩いて歩いてただひたすら歩いて「行」じさせていただいた道です。
懐かしくきれいに咲いている「キリシマツツジ」を愛でつつゆっくり歩いていますと、一人の同じ歳位の男性と話が合い、しばらく話し込んでいました。
「今日は奥様とは一緒ではなかったのですか?」と聞くと、
上を指さして「逝きました」
「逝かれたのですか…」と私。
「いつも一緒にここにも来ていました」と寂しそうでした。
別れ際に「何で生きているのか、生きる意味が分からない」と何とも言えない表情で言われたのですが、予想外の言葉に驚いたことでした。
人はそれぞれ、なんらかの時ふっとそう思うのではないでしょうか。
そして日々忙しく世の騒音の中で大事な事を置き去りにして、老いて終焉を迎えていくのです。
与えられた短い時間を大事に、日常の生活の中にもう一つのとても大事な事を入れ込んで生きていけばきっと次の未来が見えてくるものです。

●宗教・仏の教えは素晴らしい世界なのですが、昔から人間の邪心で邪道がはびこり
「神仏」は非常に悲しんでおられます。
真実を見極めながら石橋を叩くように注意することが大事で、甘い話など一切ありません。
「導師」を間違えないこと、質問を続け確実に納得していくことが大事です。
一般的に理解しにくい世界ですが、私達はこの世界の中に生かされて今ここにいるのですが…。
合掌
