神仏根本道場 宗教法人 慈光院
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「火宅の人」
法華経の中、比喩品第三の中に説かれています。
家が煩悩の炎に燃え盛っているのですが、家の中では子供たちが遊びに夢中で気がつきません。父親が一生懸命知らせるのですが見向きもせずに遊びにふけっているのです。
それに家の中には様々な悪鬼や毒虫などおそろしい状況の中、もう炎が近くまで迫ってきているのですが全く知りません。父親は知恵を使い子供たちを外へ誘導して危ういところを助ける。という方便を説いてあります。
子供たちは私たち凡人の事です。父親は仏様です。
仏様方は私たちを輪廻転生の苦しみから救い正しい道へと導くための努力を常にされているのですが、私たちは甘い密の中でおそろしい現実が迫っていることを知ろうともしません。
「わたしの悟った法は世の流れに逆らうものである」と、お釈迦様は言われました。
お釈迦様は悟りを開かれたとき、この教えを説いても誰も理解できないだろうとお考えになり自分一人誰にも説かずにしまい込もうとされたのですが、帝釈天や神々様の懇願により説法をされることになられて、今日、私たちは有難い教えをいただき「修行」の道を歩ませていただいています。
例えばこういうことです。
「あなたらしく生きれば良いのです」
個性を尊重した良い言葉と思いますし、悩んでいた人は安心感を持つでしょう。
でも真理の世界では違うのです。
自分の個人的「我」は一切捨て、真理に添った考え方、あり方が必要なのです。
ところが、それではこの世を生きて行くことは出来ません。この世のみんなが同じ方向を向いているわけではありませんからトラブルになります。
仏の真理を理解した上で「中道」、中道心をもって相対していくことが大事なことなのです。
お釈迦様は様々な方便をもって私たちに真実を説いておられます。
お経は教えです。私たち一人一人の大事な宝なのです。決して難しくはないのですが、物質的世界で物事を捉えてしまう私たちには考え方の道筋が少し分かり難いのかもしれません。
私ども慈光院では、会話の中で少しづつ見えない世界との関わり合いを説いています。
一度足を運んでくだされば「なるほど」と思えることは沢山あると思います。遊びがてら寄って疑問を投げかけてみてください。
神仏の名代として対処し、分からない事(この娑婆世界でどうしても必要な事柄)それに対して修行を重ねていきたいと思います。
